三章 人形部隊(ドールズ)-1

「うわぁあああああああ!?」
 エメレオ・ヴァーチンは端的に言って詰んでいた。
 μミュウをボコボコにしたとおぼしい傭兵男の鼻を明かしてやったと悦に浸る暇もなく、いるだろうと思っていた別働隊から予想外の強襲を受けていた。
「MOTHERの支援システム、施設車には組み込まれてなかったんだねぇ!」
 叫びながら、自動運転機能をカットし、今時珍しいフル・セルフの運転でアクセルを踏みまくる。当然信号は無視、交通違反も大量に犯しているため、警告音がびーびーと鳴り響いてやかましいがそれどころではない。この前のドローンが可愛いものに思えてくるほどの武装小型ヘリの集団に追いかけ回されているのだ。緊急サイレン装置も遠慮なく起動して、半分合法半分違法の暴走逃走車両と化した施設車の寿命を少しでも延ばすべく、エメレオは次々と前方を自動運転でのんびり走る車両たちを追い越していた。
「ちくしょう、僕は運転なんて得意じゃないんだけどなぁあああああ!」
 奇跡のように、背後からヘリが撃ってくる攻撃は、自動車の堅めの防弾仕様で八割ほどは防げていた。というのは、撃たれるたびに天井が少しずつ低くなっているから、なのだが。
 そのうち僕の首縮むよねコレ、と青ざめながら、止まってしまっては一巻の終わりと、エメレオは必死の逃走劇を試みる。
『〝パペット〟、もう少し持ちこたえてくれ! 今そちらに応援が到着する!』
「正直、もう百秒も保たせる自信はないんだけどねぇ……」
 弱々しい答えを返す残念な天才の頭脳は、ひしゃげた天井の強度計算も何となく弾き出している。たぶんあと十数発で弾が貫通して、その次の一発で細切れミンチになるんだろうな、と。
 その次はどうしようかなぁ、と溜息をつく。
「いくら僕が天才だからって、神さまは無茶をさせすぎだって……」
 蛮勇を振るって成功するほど反射神経がいいわけでもない。天才といえど、才能以外はてんで凡人なのだ。何だったら片付けも得意じゃない。μが訪れた部屋が綺麗だったのは、昨日死んだ護衛もとい裏切り者のパトリックがことあるごとに「片付けろこのドボケ」とどやしつけて整理整頓を担当していたからである。
 そんなことを思い出していたら、さらに嫌な音を立てて車の屋根の形が変わった。もうそろそろ駄目だなぁ、と諦観を覚えていると、フロントガラス越しに見える前方の景色に、ふわっと躍り出た影が見えた。
「――、っ!」
 エメレオはその影の正体を認めた瞬間、ブレーキを強く踏みこんだ。
 車と併走していた小型ヘリが、急制動をかけた車を一瞬背後へ置いてけぼりにし、慌てて反転。火器の銃口をこちらに向け、発砲。
 一発目がフロントガラスに着弾し、二発目が粉々にガラスを砕き、三発目は運転席に突き刺さった。
 
 ――だが、その時には、もう、エメレオの姿は車内にはない。
 
「うわぁあああああああああああああ!?」
 速度を落としたとはいえ、それなりの速さだった車から転げ落ちるように脱出していたエメレオは、ごろごろと数回無様に転がったあとで、無我夢中で携帯用のメッシュシールドを前方に向かって展開した。
(一、二発でいい! 耐えてくれ!)
 ばすんばすんと鈍い音を立てて砲撃を受け止めたシールドは、三発目であえなく決壊し、硬化した破片がエメレオの肩口をかすめていった。
「ゔっ!」
 鋭い痛みに耐えつつ、ぬるりと溢れ出る血を押さえて、エメレオは走った。
 科学者の体を、ついに無慈悲にも弾丸が粉砕しようとして――、
 
「させるものか」
 
 それを、恐るべき反応速度で叩き落としたアンドロイドがいた。
 護衛対象のエメレオと合流するべく、空中で施設車めがけて停止の手指示を出していたTYPE:εイプシロンであった。
 
「イプシローーーーーーーーン!」
 感激のあまり泣き叫ぶ科学者うみのおや)にやや呆れた目を向けつつ、εは片手間に手にしていた遠距離砲装で小型ヘリを正確無比に撃墜していく。アンドロイド二十四体のうちで好成績トップレコードを保持しているというのは伊達ではなかった。
「何だって科学者一人に、僕たちがこんなに振り回されるんですかね……準戦略兵器を三体も運用するような事態なんて、戦争でも始まるんですか?」
 ぼやきながら、εは眉を潜めた。追撃とばかりにあとからやってきた小型ヘリの部隊を認めたからだ。
「…………まさか、本当に?」
「――ヘリは国内製だけど、よく見ると武器の種類が違う」
 εが築いていた硬化バリケードの影に飛び込んだ科学者は、傷の痛みに息を荒らげながら呟いた。のほほんとした普段の言動に似合わぬ、鋭い目線がεに投げかけられた。
「エントの武装だ」
「――彼の国が、経済崩壊回避を言い訳に戦争の準備をしているという噂がありましたが。事実でしたか。相手が同盟国とは、節操もない」
 自身のエネルギー発生機関経由でリチャージを行うと、εは砲装を構え直した。
「――同盟国だから、さ。そうでなければ、これほどの戦力をこっそり送り込むなんて真似はできない。他国の戦艦や母艦が許可なく指定外の場所に空間転送で領空にやってくることは、シンカナウスの防空装置でほぼ不可能になっているからね。他国間でも言わずもがな、だ」
「その点我が国ならば、合同演習など目的の偽装さえうまくいけば、妨害装置の破壊なしに不意打ちが可能、と」
 その通りだ、と科学者は頷いた。
「さっさと装置を破壊してしまえば、戦力を送り放題になる。そして、すべてを攻め落とした暁には、我が国の無類の技術力と生産設備が手に入る。軍事的最強の地位を手に入れたなら、次は経済的な搾取が始まるだろう――ッ!?」
 エメレオが最後に声を詰まらせたのは、εが最大チャージを行った砲装で、ひときわ巨大な光線を放ち、ヘリの集団をまとめて焼き払ったからだった。
 爆風、爆煙。烈風が押し寄せ、εのこれといった特徴のない焦げ茶の短髪を揺らした。 
「――ならば、押し寄せる外敵はすべて薙ぎ払うまでの話です」
 赤い炎の光に照らされながら、淡々とεが述べた殲滅宣言に、エメレオは少し青ざめた。
(あれ、もしかして。試用機体プロトタイプたちって、ひょっとして――大なり小なり、けんかっ早かったりするのかな?)
 
「――博士!」
 あとでMOTHERに聞いてみようかな、と、少し悩んでいる科学者の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 顔を上げると、二体のアンドロイドが宙を飛んでいる。
 
λラムダ! と――μミュウ!? 君、どれだけボロボロにされたんだい!?」
 
 λの後ろで目立たないようにしていたものの、明らかに変形しているμの胸部を目にして、エメレオは愕然とした。同じように憮然としていたμは半眼でエメレオの肩口の傷を見据えている。こっちが必死に守ったのに何をうっかり怪我しているんですか、とでも言いたそうに。
(確か、戦闘型アンドロイドの外郭強度だと、壊すには最低でも数トンから数十トン級の衝撃が必要で――え? 何? あの機械人間、どんな化け物みたいな改造が施してあったの?)
 咄嗟に天才頭脳が強度計算を弾き出したものの、必要出力の数値のでたらめさに自身の脳を疑って計算し直し、やっぱり間違っていないと気づいて青ざめた。
「――あのシステム、実装しておいて正解だったなぁ……」
 そして、「お試し体験だ」と戯れ言のように起動して、彼女を応援しておいて本当に良かった。
 対ドリウス戦のあらましの報告を簡易に聞いて、さらに確信を深める。
 ――おそらく、λの介入だけでは、ドリウスとやらをこれほど早く追い払えなかっただろう。
 MOTHERの動作支援を受けた『だけ』のλでは捉え切れていなかったのだから、相手は機械化された体を扱い慣れた、相当な手練れのはずだった。
 
「――ともあれ、これで動かぬ証拠が揃った」
 
 路上に散らばったヘリの残骸から、εがエントのものだとエメレオが断言した武装の破片を拾い上げる。
 
「MOTHER」
『確認しました。――これより、エントは我が国の敵対国と認定されます。政府は戦争の宣言をするため、急いで準備をしています』
「「!」」
 μとλの顔が強張った。エメレオも静かに目を伏せた。
(ああ――やはり、こうなるか)
 そしてそれが、おそらくMOTHERが予想していたエント側のタイムリミット。技術者、科学者として、厄介かつ高い能力を有するエメレオ・ヴァーチンを、戦争が始まる前、まだシンカナウスが警戒の薄いうちに排除しようとした。
 予感はあった。μが、『燃える都市の中に立つ巨大な人型兵器』の夢を見た、と言った時から。
 アンドロイドが、あり得ぬはずの夢を見る。遠くどこからかの情報入力を受ける。
 それは、魂の定着の証だ。
 夢の内容は、おそらく『予告』だろう。その時に対峙するのはμだという、エメレオにしか分からない指名の知らせ。
 
 ――時は満ちた。
 エメレオ・ヴァーチンは役割を果たした。
 
(あとは――どうするか)
 静かにエメレオは思案する。
 
「……場所を変えたいね。ここでは目立ちすぎる」
 εが周りに目線を走らせながら呟いた。
「でも、どこに?」次の疑問を提起したのはλだ。「施設ホーム)は研究所だから民間人もいる。何度も狙われた博士がいると、他の人間を巻き込むかも……」
「可能なら、一般人が少なくて、戦力が集まっていて、攻撃にも転じられる場所……軍事基地?」
 μの言葉に、εは悩む。
「確かに僕らは一応、陸軍特殊部隊所属になる予定だけど……まだ正式配属されてないのに、入れてもらえるとは思えないね……」
 アンドロイドたちの会話に、エメレオは顔を上げる。
「MOTHER。出撃後のアンドロイドの帰投場所は変更可能かい? ――関係各所とルプシー司令に許可はとれるかな?」
 ややあって、彼女から応えがあった。
『――本来の予定を前倒しする形で、既に調整は進めてあります。今し方、確認がとれました。こちらの場所へ向かってください。先方に連絡は入れておきます』
「さすがだね」
 MOTHERからの通信を手持ちの端末で受ける。地名を確認して、エメレオは頷いた。
 
「決まりだ。サエレ基地に向かおう」