二章 欠陥だらけの殺戮人形(キリングドール)-4

 動揺も収まり切らぬまま、μ(ミュウ)はドリウスに向き合った。早く、彼を倒さなければ、エメレオの身が危ない。
 だが――倒すということは、殺す、ということだ。後顧の憂いを絶つのならば、ここで仕留めなければならない。
 やはり、決断の時なのだ――。
 そうμが(まなじり)を決した瞬間。
 
「――邪魔するわよっ!」
 
 空から、天から、閃光が降りてきた。
 
 咄嗟に跳び退いた両者の間を分かち、壁になるように降り立ったのは、淡く蒼白の光を帯びた一体のアンドロイドだった。緊急時につき、胸当てや補助装具で全身武装した上、頭の上には狙撃用のスコープまで装着して、何やら大きく重いバックパックを背負っている。青い人工頭髪を揺らし、きつい眼差しをドリウスに注ぐ後ろ姿に、μは驚き目を見開いた。
 
λ(ラムダ)!?」
「――こちら、TYPE:λ」
 背負っていた重い荷物をがしゃりと落とし、λは重心を低く落として戦闘の構えを取った。
「ただいま接敵、掃討に移ります。――許可を、MOTHER」
 普段とは打って変わって、事務的に連絡を取るλの声は固い。
『許可する。直ちに敵性因子を排除されたし――μ、よく頑張ってくれたわね』
 冷え冷えと響くのはMOTHERの声。――そのあとでこっそりとこちらに囁きかけるのは、いつものMOTHERの声だったけれど。
『エメレオ・ヴァーチン博士の護衛にはTYPE:ε(イプシロン)が向かっている。承認が降り次第、追加戦力を随時投入する。背後は気にするな』
「了解!」
 短い返答の後、λが宙を鋭く駆けた。ドリウスの懐に潜り込もうとするのを、慌てた様子で傭兵が避けるのが目に入る。
「二度も同じ手を食らってたまるかよ!」
「――シッ!」
 λの叱声と共に、後退したドリウスの足下に、鋭く足払いが仕掛けられる。
 軽く跳んで躱されるも、そのままλは足先で地を弾く。逆立ちしたまま跳ねて後ろへ回転、両足で着地するなり、背中にベルトで吊り下げていた装備を引き抜いた。
 三十キロをくだらない重い武装の先に弾けるは、雷霆(らいてい)にも負けぬ青白い閃光。
「食らえ!」
 ドムッ――と物騒な重低音と共に発射された光弾が舗装を舐めた。赤熱して燃えながら、ソフトクリームさながらに柔らかくどろりと変形して、アスファルトが溶け落ちる。
「――っ、殺意高ぇな、おい!」
「あんたがさんざん痛めつけた妹分ほど、私は優しくも甘くもないの。――死ね、豚」
(怖い!!!!???)
 氷点下の目付きと醒め切った口調、そして女王もかくやという青き姉貴分の暴言に、μは敵として相対している訳でもないのに心底から震え上がった。
 そこからは猛攻だった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
 μのようなためらいも慈悲も遠慮も容赦もない、連撃、追撃、そして速射。冗談じみたエネルギーが籠められたプラズマ砲撃が馬鹿撃ちされ、瞬く間に海洋観測基地の敷地を火の海に変えていく。だが、ドリウスは雄叫びを上げながらすべて回避した。
 捉え切れていない。チッとλは舌打ちした。
(はえ)のようにちょこまかと。ウザいわね。――μ、援護して!」
「は、はい!」
 初めて耳にするドスの効いた声に、μは怯えながらも宙を駆ける。
「っ、テメェの腑抜(ふぬ)けた一撃なんぞ――ッ!?」
 回り込んできたμに、ドリウスは砲撃のような拳を突き出したが――そこで、気づいた。いつの間にか、μの腕に篭手(こて)が装着されている。腕だけではない。λと名乗ったアンドロイドと同じ胸当て、補助装具、スコープ――。
 完全武装。
 それが、ドリウスの攻撃を受け止めても、安全マージンとなってμの体を守っている。ただでさえ堅牢な作りのアンドロイドの防御力が、さらに底上げされ、攻守一体と化した武装になっていた。
「あのデケぇバックパックの中身はそれか……っ!」
 篭手からλの砲撃と同じ光がちらついたのを見て取るや、ドリウスはやはりずば抜けた危機察知能力で跳びすさる。だが――。
「くそっ、またか!?」
 まるで読んでいたかのように、μは追いすがってくる。
「うぁああああああああああああああっ!」
「ごぁあああああああああああああああっ!?」
 至近距離からの小砲。
 まともに食らった。
「ちぃっ!」
 腹から煙を上げながら、ドリウスは何かを宙に放り出した。
 μの動体視力が捉えたそれは――。
(閃光弾!?)
「λ、目を閉じて!」
 ドリウスが遮光ゴーグルを下げるのを視界に入れ、声を上げながら、μは同様に目を閉じる。次の瞬間、光が一面を埋め尽くした。腕で瞼で遮り切れない分の光量をカットしつつ、μは塞がった視界の中で回し蹴りを放つ。それが、ドリウスの蹴りと交差する。
「っ――何で受けられるっ!?」
 次いで、右腕で振り下ろされた手刀を受け止める。
「何で、『分かってる』んだ、っテメェはよぉおおおおおおおおおお!?」
 だが、そこまでだった。
 μの腕を、そこに用意していた煙幕弾を叩き壊すようにして、ドリウスは勢いよくその場から離脱した。
「! 待てっ、この豚虫――くっ!」
 λが気づいて追いかけようとするが、逃げの一手に走った傭兵が牽制とばかりに放つ機銃掃射に、悔しさ混じりに身を引いた。μは追撃を加えなかった。――機体の損壊状態としては、単独での深追いは禁止だと、MOTHERから指令が下っていた。
 
「――逃げたか……あの男……」
 
 地を這うほど低い怒りの声を落としたλは、ひとつ息を吐く。
 
「MOTHER。――申し訳ございません。敵を取り逃しました」
『被害が最低限にとどまっただけ、よしとしましょう。――指令(オーダー)。TYPE:μ、TYPE:λの二機はそのまま、TYEP:εの支援に向かえ』
「「了解」」
 
 μは呼吸で胸を一度上下させる。――形状再生機能がうまく働いている。先ほどよりはまともな形を取り戻しつつある胸郭と内部機関に若干安堵を覚えつつ、λに続いて中空に浮かび上がった。
 
 一気に加速し、通信で受け取った座標へ急行する。
 
(博士……MOTHER……)
 
 風で暴れる髪に隠して、μは目を伏せた。
 ――どうして、殺せないことが、設計通りなのだろう。
 
(なぜ、あなたたちは、このように私のことを作ったのですか)
 
 
 役割を果たせない、欠陥だらけの殺戮人形に。
 
 
 意味など、ない。