四章 そのコードの名前は-3

 アンドロイドたち全員と合流し、研究施設に戻ってくると、もう夜になっていた。μミュウは不思議な気持ちになった。昨日から怒濤の出来事の連続だった。丸一日の間にこれほどたくさんの出来事が起きたとは到底信じられないほどに。アンドロイドとして製造されてからこの方、これほど長く忙しい一日はついぞなかったかもしれない。
 作戦は三日後だと伝えられた。それまで、人形部隊ドールズはエネルギー供給源として温存されることになる。
 めいめいに過ごすようにと言い渡されたアンドロイドたちは、降ってわいた自由時間に困惑した。
 とはいっても、時刻は夜。お行儀良く過ごすなら、カプセルの中に格納される時間である。特に睡眠が必要な体でもないので、うるさくしなければ話をしていても問題はないのだろうが。
 忙しく技術者たちが立ち回っているのを横目で眺めながら、蓋の開いたカプセルの中でγガンマが口を開いた。
「何だか処刑数日前みたいな雰囲気だな」
「カプセルの刑か、間違ってないな」
「ちょっとφファイ、嫌なことを言わないでよー」
βベータか」
「私だってカプセル嫌いなんだからー……そういえば、何でμはカプセルの中に籠もりたがるの?」
「後ろ向きアンドロイドだったからな」
「確かに。昼間、あのデカブツに突貫かけた時の様子は獅子奮迅ライオンハートって感じだったが」
「うるさいんだけど、φ」
 起き上がって文句を言うと、γから笑い声が上がった。
「おっと、カプセル好きが何か言ってる」
 γを軽く睨みつけたあと、μは溜息交じりに上体を倒した。
「それにしても、何だったんだ? 昼間のあのスーパーズルみたいな予測支援」
「……よく、分からない」
「は?」
 μは唇を曲げた。分からないものは分からないのだ。
「何ていうか……気づくと、どこからか答えを持ってきている、ような……」
「ん……? それ、計算なのか?」
 γが理解しがたい、という表情を浮かべた。
「計算だとしても、何か変だぞ……いくらMOTHERの支援が入っていたとはいえ、二十四機分の予測演算をしながら高速機動戦闘なんて、いつものμらしくなかったしな」と、φ。
「全体的に、今日のμは今までの塞ぎ込んだμじゃなかったもんな。もっとこう……ようやく我ららしくなった感じだよな」
「我らってば我らなんだから」
「またそれー? 好きねー」
 βが呆れながらγとφの決め台詞に笑う。
「μはねー、ずっと我が出せなくて悩んでたのー。それが今日やっと一皮剥けたってことー」
「……β?」
λラムダが言ってたんだけどねー。μは、いつもアンドロイドらしくしようとして肩肘張ってて、すごく窮屈そうだって」
 はっと顔を上げると、βはにまにまと笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「自分に素直になればー? なりたい自分になるのがそんなに怖いことー?」
「……私は、ただ……」
 μはうーん、と唸った。変じゃないかな、とあれこれ悩んだあとで、勇気を振り絞って、口にした。
「私は、自分が、自分じゃなくなるのが、一番嫌だ……と、思う」
「というと?」
「アンドロイドであることと、自分であることが、矛盾しそうで、いつも、それはアンドロイドであるってことに反している気がして。だから、私は、自分のことを出来損ないだって思ってた」
「何と……」
 φが絶句する。
「実際、こんなんだから。人も殺す覚悟のないアンドロイドだから、今日、エントの傭兵だっていう奴と戦った時、私は負けたんだと思った。でも、博士は、設計通りだって言ってた」
「……よく、分かんないけどー」
 βは顔を上げた。
「μは、もしかしてー。誰かを殺したり、戦ったりして、戦闘型アンドロイドの役割を果たしていたら、なりたい自分でいられなくなりそうだから、悩んでたー?」
「……うん」
「γよ」
「φよ」
「これはもしかすると、μが一番、アレかもしれぬな」
「何、アレってー」
「ソウルコードよ、β」
「ソウルコードには強さがあるのだ、β」
「強さ?」
「うん。逆らうことができないほど強い、欲というか、やりたいこととか、希望とか。そういう人生の指針へ向かうよう、強く働きかける衝動を、人間の〝魂〟は持つ傾向にあるらしくってな」
「一番強く、自分の役を持っている魂は、自分のその衝動のようなものに逆らえないのだそうだ」
 γとφの話は初めて聞く話だ。昨日、ゼムに話の続きでも聞いていたのだろうか。
「役?」
「普通の魂なら、たぶん今日、あそこで撤退を選んだ。でもμは獅子奮迅ライオンハートしたのだ」
「何、そのらいおんはーとってー」
「言葉の綾だ、気にするな」
「つまり、μは魂の働きかけが最強なソウルコードが元になった人格の可能性があるのだ。アンドロイドであることさえ否定したくなるというのであれば、前人未踏のホワイトコードかもしれんぞ」
 ざわりと、心が強く騒いだ。
「μのソウルコードは、十万分の一を引き当てて、今日発火してしまったのかもしれん」
「……でも、なんで発火したのー?」
「うん。たぶん、発火したのは、【正義】と【勇気】が原因だろう。まさに今日、進むか、戻るか、そういう状況まで追い込まれたからな」
「正義と……勇気?」
教官ゼムに聞いてから、あれこれ調べていたら、新発見ということで最新の論文が出ていたぞ。ホワイトコードの持ち主は、おおよそ心にそういう感情を持つ傾向にあるんだそうだ。特に、今日の腐れ科学者の話しぶりなんか、悪役のソレだった」
「歴史に残りそうなほどのクソッタレな悪役だった」
「だから、μの魂がホワイトコードを宿しているんなら、正義に駆られたって不思議でも何でもないだろうさ」
「義を見てせざるは何とやら。μの勇気が少しだけだが戦いを先送りにしたから、対策を立てることができて、こうやって語る時間もあるわけだ」
 にかりとγが笑った。
「博士は、私たちに人間と同じようになってほしかったんだと思うよー?」
 βはμに言った。
「だから、μが感じる悩みも、怖さも、みんな、MOTHERと博士が望んだ通りのもの。アンドロイドたるものかくあるべき、じゃなくて、μがどうなりたいかが、きっと、一番大事なことなんだよ」
「……私が、どうなりたいか」
 ふと、MOTHERが言っていたことを思い出した。アンドロイドたちのソウルコードの詳細がブラックボックス化されている理由は、自身の在り方を成長途上の段階でこうだと定めて固定したくないからだと、MOTHERはμに言い聞かせていた。
『やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう。それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂は、みな、目指したい場所があって、そのようにできているのです』
(私が、何を引き換えにしても譲れないもの――)
 胸に迫るのは、理由も分からない焦燥感であり、自分の行方が知れないことの不安であり、どこに行けば良いかも分からない寂しさだ。
 一体、自分の魂が何を切望しているのか、それでもμには分からない。どこに行くべきか、誰も指し示していない。でも今は、戦うべきなのだと漠然と感じていた。
 
 
 *
 
 
 他のアンドロイドたちが休憩スペースなどで思い思いに過ごしているところで、μミュウは突然、MOTHERからの呼び出しを受け、施設のセントラルルームに向かった。
「MOTHER? 何のご用でしょう?」
「――まずは、おかえりなさい、μ。昼間は大変な任務をこなしてくれてありがとう」
 MOTHERはそう言って微笑み、μを労った。近くに誘われて、μはぺたりと床に座り込んだ。MOTHERに手を取られると、全身を走査される感覚に、あ、と納得する。損傷の具合を確認されていたらしい。
「帰ってきたあとのスキャニングでは、異常はなかった?」
「胸郭が少し歪んでいましたが、形状再生機能のおかげで、少し調整してもらっただけで修繕は済みました。ただ――知らない機能群がシステム系に挿入されていたので、技術者の人が大変な顔をしていましたけど」
 エメレオ・ヴァーチンが改造した跡だと説明すると、さらにすごい形相になっていたな、とμは遠い目で思い出した。αーTX3の破壊光線の影響で焦げた装備を見た時は、「これが焦がされたのか……」と神妙な顔だったのに。
 MOTHERはそれを聞いて、ころころと笑った。
「ヴァーチン博士は、私に一体何のシステムを実装したんでしょうね?」
 技術者たちは必死に額をつきあわせて解析をしようと試みたが、どうも一部にエメレオの最新理論の理解が必須の内容が組み込まれているらしく、その正体がついに分からなかったという。
「待って! 今回の戦闘ログから、必要とされる計算リソースの量と、実際にTYPE:μが保有している計算リソース量の数値が合わないわ! MOTHERの演算支援を入れてもこんな処理、無理なはずなのに……どういうこと!?」「傭兵サイボーグとの戦いの時の出力数値がなんか変なんだよ。ここまで損壊してると、普通こんな動きは不可能なはずなんだが。このエネルギー、どこからひねりだしたんだ?」「くっそ、あのふわふわ科学者、勝手に改造してるし、変に調整を入れてくれてるし!? 何もかもが試用機体の出力規模の数値と合わなくなっている!」「「「またかあの科学者ーーー!」」」「でも他の機体も確かにこう調整したらもっと動けるよな……」「「「くそぉおおおおおお!」」」
 混乱と、嫉妬と悔しさと怒り)を極めた現場の様子が気の毒で、スキャニング装置の中にぺたりと横たわっているだけのμでも、あの博士はずっとこんな調子で現場を混沌カオスに突き落としてきたのかもしれないな、と思ったほどだった。もしかして、最初に聞いた彼のスキャンダルの数々は、このようにして買った恨みつらみで、あることないことをタレコミされたのではないだろうか。
「――私にも、すべては分からないシステムだけれど。でもそうね、心当たりならありますよ」
「MOTHER?」
 あっさりと答えたMOTHERに、μは驚くと同時に、密かに感動した。こんなことまで知っているなんて、γガンマφファイのように、「ずっとついていきます」という気持ちになりそうだ。
「昨日、ここでした魂の話を覚えている?」
「はい」
 μは頷いた。覚えているも何も、先ほど、γたちとの会話で思い出したばかりだ。