三章 人形部隊(ドールズ)-2

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 サエレ基地は、エメレオたちが落ち合った場所からさらに南東へ進んだ都市郊外にある陸軍基地だ。海に面していたμたちの訓練施設である研究・生産区画とは対照的に、山陰に張りつくか、あるいは息を潜めるように存在していた。
 基地が擁するのは、第一から第七までの七つの旅団と五つの大隊、総勢二○六九四名からなる、シンカナウス陸軍・第三歩兵師団。μたち戦闘型アンドロイドのような、いわゆる『イロモノ』を含む特殊部隊などのように、先端技術を投入した戦術作戦を行ってきた歴史ある部隊だという。
「本来、君たちはここの特殊部隊所属として投入される予定だった。人形部隊ドールズとでも呼称されるのかな。予定外に早く第一陣が到着した、ということになるだろうね」
 そう話したのはエメレオだ。
 
 だが。サエレ基地に入った戦闘型アンドロイドはTYPE:μミュウ、TYPE:λラムダ、TYPE:εイプシロンの三名だけではなかった。
 
 ずらっと並んだ『二十四機』のアンドロイドたちは、司令官からの辞令を正式に受けるべく待機中で、全員不動の姿勢を取っている。
 が、うつむきがちなポーカーフェイスが二十四面揃った裏では、内緒話で大いに盛り上がっていた。通信ログに残さないよう、低位ロープラズマでエネルギー化された暗号を体表で高速受発信してのやりとりである。
 そんな秘密回線をこっそり作ったことが露見すれば、おそらく司令本部も人類も冷や汗もののエネルギー発生機能の応用なのだが、当の本人たちからしてみれば、学園に通う子供がするがごとく、上位者に隠すための内緒話の類いで編み出された方法であった。
 μはハラハラと若干の罪悪感を抱えつつも、秘密の共有という楽しそうな状況に負けて、しっかりこの通信に参加していた。
 
【まさか……残り全員、こっちに待機戦力として移してあったとはね……MOTHERは抜かりないな】
 こっそり無表情で溜息をつくという器用な真似をしたのはTYPE:εイプシロンである。
【やっほーーー! μミュウλラムダ、ε! 先行出撃、もとい抜け駆けして体験してきた外はどうだったーーー!?】
【人聞きが悪いことを言うな、ωオメガ
【だって気になるじゃん、αアルファ!】
【どうもこうもないわよ。初っ端からμは不審な機械人間とベースボディ勝負の肉弾戦で損傷、応援に入った私は重火器弾幕をお披露目したけど全弾スカ。εは侵入勢力の一掃作業で、少しナカが焼けたとか言ってなかった?】
【ちょっと熱くなりすぎちゃってね。出力調整を間違えた】
【【【すごーーーーーい! 実戦いいなーー!】】】
【ちっとも良くない……】
 人間の誰にも届かないところでこっそり歓声が上がり、μは嘆息する。装甲はだいぶ修復できてきたが、あまりボディに凹みは作りたくない。
【一応、エントのものと思わしき機械人間は撃退、武装ヘリの一団は全機破壊済み。要人の守護にも最低限成功。一定の戦果は上げたけど……】
【問題は、軍人抜きで全部アンドロイドがやっちゃったことよねぇ……】
 憂鬱そうにλがぽつりと漏らした。
【ああ、たぶんあとで問題になる】εも頷いた。【一応、最低限、人間の指令を受けたMOTHERの指揮によって、という建前はあるが、十分人間の脅威になる可能性を示してしまったようなものだ。安全規定セーフコードに照らせばだいぶ危うい】
【MOTHERと俺ら、大丈夫かな?】とαが心配し、
【あー、廃棄処分スクラップかぁ……短い機生だったなぁ……】とωが遠い目で黄昏れた。
【冗談にもならないおふざけはやめろ、笑えない】
【そう言うなε。そもそも我らってば生命なのだろうか】
【我らってば我らなんだから】
γガンマφファイ、うるさい】
【εの頑固頭ー】
【優等生ー】
【おまえたち、あとで一緒に反省室行き】
【【巻き込まれる前提!?】】
【……変な低位ロープラズマが周辺に流れていると思ったら、君たち、何か面白そうな方法で通信してるね】
【博士!?】
 μは心の中でぎょっと目を剥いた。
 通信に割り込んできた別の信号は、なんとエメレオの手元の端末と謎の装置が発信源だった。
【何でその通信方式が使えるんですか!?】
【いや、僕も同じことできないかなーって、ちょうど最近端末を改造してたから……暗号解読プログラムは今即興で組んだけど】
【【【鬼みたいな能力……!】】】
 天才怖い、とアンドロイド一同はポーカーフェイスの裏で震え上がった。
【いや、無表情でそんな会話をしている君たちも大概っていうか。MOTHERもこんな面白いことになってるなら教えてくれたら良かったのに】
 エメレオは薄く笑みを浮かべた。
 
 その時、μは複数人の接近を感知して、そちらをちらりと見やった。
 
 先頭に立って近づいてきたのは妙齢の女性だった。プラチナブロンドの長髪にちらりと見え隠れする階級章は将官のものだ。つまり、彼女が基地の司令官か、とμは密かに観察する。
「――これがプロトタイプ全機か、博士」
 発された声は硬い。
「ええ。二十四機、αからωまで、連番です」
「それぞれどのようなスペックか、ブラックボックスは期日まで解放できないと聞いた。特例解放は仕様上できないとMOTHERから返答があったが、この状態で運用するには不安が残る。安全の保証は?」
「私がいる。それがすべてです」
「――今、何と?」
 ぴくぴくと女性のこめかみが引きつっている。さもありなん、とアンドロイドたちは思った。何の根拠だ、とμも頭を抱えた。
「基本的に、設計から技術まで、私が選び開発したものが詰め込まれている。軍がよほど理不尽な扱いをしない限り、安全だと胸を張って何度でも言いましょう」
「……大した自信家だ。あるいは底抜けの阿呆か?」
 彼女は頭を振った。
「十二ヶ月以上、研究員の誰ともトラブルは起こしていない。一日以上、見知らぬ私が一緒に過ごしても死んでいない。安全基準はご存じでしょう?」
「……最低ラインは満たしていると言いたいわけか」
 ふん、と女性は鼻を鳴らした。
「――いいだろう。使い倒して壊しても文句は言うなよ」
 
「――傾聴」
 
 ざっ、と姿勢を改めて正し、アンドロイドたちは彼女へ視線を向けた。決して無機質ではない、興味と好奇心を秘めた視線に、一瞬彼女は目を見開いたが、すぐに顔を引き締めた。
「私はアリス・ルプシー少将。サエレ基地、そしてシンカナウス陸軍第三歩兵師団を預かる。ちなみに人形趣味は持ち合わせていない」
 こちらを睨み据える淡い青の瞳に浮かぶ僅かな敵意に、アンドロイドたちの間に一種の予感が走った。
【おや、これは……】
 誰かが呟いた。
【もしかすると……もしかする?】
「私は戦闘型アンドロイドの戦術的投入には懐疑を抱いている。貴様らの暴走こそが、ひいては国民の安全を脅かすと危惧しているからだ」
【あー…………彼女はね……】
 気まずそうな通信はエメレオのものだった。
「少しでも妙な行動を見せてみろ。即刻ガラクタにされると思え」
【…………『人形反対派』かぁ】
 複雑そうな声をωが発した。μは嫌な予感が当たってしまったと心のうちで呟いた。
【怖い上官に当たってしまった】
【人間にはきっと優しいんだよ、いい人の匂いがするもん】
【懐いたらほだされてくれないかな】
【あとでルプシー司令の攻略法を作ろう】
【任せろ。プロファイリング方法は調べてきてある】
【……みんな、たくましく育ってるね、μ】
【すみません】
 エメレオの感想に、思わずμは謝った。別に自分が悪いわけでもないのだが、緊張感を維持するには、いかんせん全員の癖が強すぎた。
 もしかするとアンドロイドたちの素の性情を知って、最初に卒倒するのは彼女なのではないだろうか、と。
 くらりと来て背後に倒れ込む将官と、彼女を慌てて支える誰かの姿をμは幻視した。
「おまえたちからの挨拶はいい。同じような自己紹介を二十四回も聞いている暇が惜しいからな。――おい、そこの負傷しているアンドロイド」
「はい。TYPE:μと申します」
 呼び止められたμは、うう、と内心呻いていた。補修成分をたくさん染ませたパッドを、支援物資を持ってきてくれた仲間があててくれたのだが、そのせいで他の機体と差異がついてしまったのが辛い。
「おまえが最も現場で戦ったとみえる。敵の様子を知らせろ」
「――私が接触したのは、高度機械人間の男性です。本人は傭兵を名乗っており、エントの高官に雇われたと話していました」
「サイボーグか。その傷はその男にやられたと?」
「はい。我々の設計強度から、相手は少なくとも三十トン級の出力が可能とみられます。また、他に我々が接触した敵勢力については、隣のTYPE:εがご説明申し上げます」
 ルプシー司令が目線をμの隣にいたεに投げた。
「ご紹介に預かりました、TYPE:εです。私が接触したのは無人の武装ヘリ二十機の集団です。ヘリ自体は我が国のものですが、装着していた武器はエント製のものであると確認されています」
「一連のヴァーチン博士襲撃事件の黒幕は、彼の国で間違いないということだな」
「MOTHERが断定いたしました」
「――この数日、一人の科学者風情を狙うにしては派手すぎる動きだ。陽動か、あるいは――目標のため、なりふり構っていられなかったか?」少将は目を眇めた。
 その時、警報音が基地全体に鳴り響いた。
 全員の顔色が変わる。
「何事だ!?」
 少将が手をかざすと、手首の投影装置から中空に画面が表示された。表示内容を見たμたちは息を呑んだ。
「――南のオーギル海上のテレポート・ゲートエリアを、エントの浮遊艦隊が進行中……!?」
「馬鹿な……! この時間帯の通行許可が出されたなど、全く聞いていないぞ! 防空装置はどうした!? 空軍は何をしている!」
「調べてみよう。MOTHER、防空システムの一時権限を取得してくれ」
『かしこまりました』
【まずいぞ】εが呟いた。【博士の護衛はエントの間諜だった。エージェントが一人だけなわけがない。もしかすると――】
【潜り込んだ誰かにシステムを解析されて、穴を突かれた?】
【おいおいおい。防空システムがゼロデイ攻撃をソフトハードまとめて受けたとか、笑えない冗談だぞ、システム部は何やってんだ】
【あるいはウイルスやワームを仕込まれたとかじゃない? そっちの方が機能停止に追い込むには手っ取り早い】
 αとω、γが顔をしかめる。
【どっちにしても、相手がやり手ってことだけは分かるなぁ。やだなぁ、後手後手に回ってる感じがする】
「――MOTHER。防空システムの状況はどうだい」
 小声で手元の端末に話しかけたエメレオは、ややあって目を見開いた。
「防空システム、装置共に正常稼働……ただし、この時間帯に不自然な通過申請が一件、通っている。許可者の名前が空欄だ。つまり、不正にシステムに挿入された可能性が高い」
「何だと!?」
 少将の顔色がさらに白く激変した。
【あー、一番嫌なパターンかぁ】
 ωが口を尖らせ、αが溜息を吐いた。
【決まりだな、こりゃ。――どこかに裏切り者が居るぞ】
【鼠探しかー。プロファイリング対象の優先順位が変更になったぞー】
 ちらちらと目線を交わし合ったアンドロイドたちの間で、しばらくやりとりをして考えたあと、「あのぉ、ルプシー少将」とωが声を上げた。
「我々は待機でしょうか?」
「ああ――そうか、おまえたちがいたな」
 低い声は怒りを孕んでいる。このあとの展開を察して、μはこっそり遠い目になった。
「喜べ、出番だ。既に上げている戦果に加えて、戦闘型アンドロイドとやらの価値を証明してこい。――ええい、政府の戦争宣言はまだか! 戦争状態に入ってもいないのに、戦いが始まるぞ!」
 
 
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ωオメガが言わなくてもこんなことになるだろうとは思ったけどさー】
【誰がどう言ったってそんなこったろうとは思ったけどさー】
γガンマφファイ、無駄口を叩くな。μミュウ、隊列の後方に位置取りして、僕のサポートを頼めるかな。傭兵の相手をしてまだダメージが残ってるだろう?】
【うん、ありがとう】
 εイプシロンの気遣いに礼を言うと、μは少し部隊の後方へと下がった。
 
 アンドロイドたちの緊急発進スクランブルは迅速だった。
 命令が下るや否や、全員が無言で一糸乱れぬ敬礼をした。各々、武装を数秒で展開。その間に、空の各種機体の位置情報を取得、航路を決定し、航空管制に軍用機の発進と通過ルートを通知する。道を空けてもらうより、こちらが避けて飛ぶ方が遥かに速いからだ。
 浮遊準備に要した数瞬のあと――爆裂するような音と共に、二十四機は地上から遙か上空へと瞬時に舞い上がっていた。眼下で暴風に煽られて人間たちがたたらを踏んだのがちらりと見えたものの、コンマ数秒の間に目標座標を全員で確認し合ったあとは、一路、南方を目指して一気に加速した。
「エメレオ・ヴァーチン。何が陸軍特殊部隊だ――あれでは高速戦闘機だ! 空軍に『陸のカメに遅れをとるとは』と嫌味を言われるのが分かり切っているぞ!」
「ええ、どちらかというと疲れを知らないハチドリですから……よしてください、私は最善を尽くしただけだ!」
「誰がそこまでやれと言ったあああ!」
 そんなやりとりの声がしたようだが、すべて背後に置き去りにした。
 雲が多い空を突っ切り、成層圏の最も低層に近い高度を通行する。機械作りの肉体には酸素の供給は必要ない。頑丈な肉体は周囲の温度変化をものともせず、体表に展開したシールドで空気抵抗はほとんど消滅している。
 
「こちら人形部隊ドールズ。残りおよそ三百秒で現地に到着します」
『――了解した。敵艦隊は転移ゲート付近に存在すると思われる。警告後、攻撃があった場合は迎撃・交戦を認める』
「了解」
 司令部から返ってくる通信は努めて冷静であろうとしているものの、どこか困惑に満ちていた。現地までの距離は五百キロを優に超える。そこにものの十数分で到着するのである。高速戦闘機ならばともかく、通常のアンドロイドが出せるとは思えない速度なのは確かだ。――ただ、あのエメレオ・ヴァーチンが開発しているのだ、という事実だけが、すべての常識を容易く覆していく。
「――最小サイズの高速戦闘機として我々を扱ってください。」
 誰が何を言うこともなく、『普段通り』に部隊長役を買って出たεは、そんなオペレーターの困惑を読み取り、あっさりと告げた。
「音速以上の速さで無軌道に動く、常識外れの新型兵器。それぐらいの役割なら、十全にこなしてみせましょう」
『――ああ、そうさせてもらおう』
 どこか拍子抜けしたか、安心したような声色に、知らず、何人かのアンドロイドは微笑んでいた。